記事をご覧いただき、ありがとうございます。港区の司法書士の山田です。
家族信託を開始した後は、託された財産の名義を委託者から受託者に変更するための手続きを行うことになります。
その他にも家族信託を開始した後に、各種必要になる手続きがあります。
本記事では、家族信託契約を締結(開始)した後に、必要になる手続きについてご紹介いたします。
このページの目次
家族信託を開始した後に行う手続き
銀行口座の開設
現金や定期的な出入金が伴うアパートなどの収益不動産を信託した場合は、受託者が現金を管理するための信託専用の銀行口座を開設する必要があります。
これは、受託者が託された財産を管理・処分するための権限を示すためでもあり、かつ財産を管理する受託者自身が元々所有していた財産(固有財産)と託された財産を明確に分けて管理するためでもあります。
実務上は、開設する口座について、「信託口口座(しんたくぐちこうざ)」を開設することが推奨されています。信託口口座とは、信託財産を管理するための信託専用の銀行口座のことです。
通常の預金口座と異なるのは、口座の名義が「例)委託者〇〇受託者△△信託口」と記載されて、口座にある預金が信託財産として管理されていることが明確になることです。
信託契約書を締結した後は、金融機関にて信託口口座を開設するようにしましょう。
信託口口座について、詳しくは下記の記事をご覧ください。
預金を受託者の管理口座(信託口口座)に移動する
委託者の預金(現金)を信託した場合は、委託者の口座にある預金を受託者が管理する口座へ移動(振込)する必要があります。
間違いやすいのが、委託者の預金(現金)を信託するときに、委託者名義の預金口座(番号)をそのまま信託契約書に記載して、口座名義を委託者から受託者に変更するというものです。そもそも預金は、法律上、「預貯金債権」として取り扱われており、通常は金融機関が定める約款で口座の譲渡が禁止されています。
つまり、信託契約書に委託者の口座番号を信託財産として記載したとしても口座名義人を受託者に変更することは出来ません。
委託者の預金(現金)を信託する場合には、信託契約書に「現金 金〇〇万円」と記載して、信託契約を結んだ後に、委託者と受託者が銀行窓口に出向き、委託者の預金を受託者が管理する「信託口口座」に、移動することになります。
不動産を信託した場合は登記を申請する
不動産を信託したときは、その不動産の名義を受託者に変更するために信託登記(所有権移転及び信託)を管轄の法務局に申請します。
信託登記が完了すると、登記簿の所有者名義が受託者に変更されますが、それと併せて「信託の目的」、「財産の管理方法(受託者の権限)」、「委託者・受託者・受益者の住所・氏名」等が記載された「信託目録」が不動産の登記簿に記載されます。
これは、信託された不動産が受託者の固有財産ではなく、信託により受託者が管理していることを第三者にも示す(主張する)ためでもあります。
信託登記は、通常の登記内容と比べて、特殊な部分があり専門的な知識が要求されます。不動産を信託した方は、登記の専門家である司法書士に相談して手続きをすることをお勧めします。
固定資産税の支払いや各種保険契約者の変更
不動産を信託した場合には、信託登記以外にも必要になる手続きがあります。
まず、毎年の固都税(不動産の固定資産税・都市計画税)支払いについては、受託者が引き継ぎます。
また、信託した不動産の水道光熱費など、毎月かかる費用についても受託者が負担することになります。ただし、税金等を支払うための資金については、不動産を信託するときに現金を一緒に信託することで、信託された現金から受託者が支払いに充てることができます。
これらの費用を自動引き落としにしている場合には、引き落とし先の口座を受託者の管理する口座に変更する必要もあります。さらに、不動産に付保している各種保険(火災保険、地震保険等)の被保険者の名義も受託者へ変更することになります。
アパートなどの収益不動産を信託した場合
アパートなどの収益不動産を信託した場合には、登記申請や各種保険契約の変更に加えて必要になる手続きがあります。
収益不動産を信託財産とした場合には、信託する前に委託者(本人)が有していた賃貸人としての地位や権利義務を受託者が引き継ぐことになります。
この場合、受託者は賃借人と改めて賃貸借契約を結ぶ必要はありませんが、下記の2点に留意する必要があります。
家賃の振込先口座を受託者が管理する口座(信託口口座)に変更する
収益不動産から発生する毎月の家賃収入は、信託財産として受託者が管理することになります。したがって、家賃の振込先口座についても受託者が管理する口座に振り込んでもらうよう自主管理(直接不動産の管理)をしている場合には、賃借人に対して「家賃の振込先変更通知」をします。
一方、不動産の管理を管理会社に委託している場合には、今後は受託者が管理する口座に振り込んでもらえるように、管理会社に振込先口座の変更通知(連絡)をする必要があります。
この手続きを怠ると信託した後も委託者(本人)の口座に家賃が振り込まれることになり、委託者の口座にある預金(家賃収入)は、受託者の管理権限が及びませんので、将来委託者が認知症等により、口座凍結されてしまうと修繕費や敷金返還等の支払いに必要な資金を口座から下ろすことができなくなります。
敷金・保証金の返還について
賃貸人の地位や権利義務が委託者から受託者に移転することに伴い、当初賃借人から預かっていた敷金や保証金についての返還義務も受託者が引き継ぐことになります。
収益不動産を信託する場合には、信託する時点において賃借人から預けられている敷金・保証金を計算して、その相当額以上の現金を信託財産として設定して、受託者名義の信託口口座に移動することが必要になります。
未上場株式を信託した(株主名簿の名義変更)
会社を所有・経営されている方で自社株式などを信託した場合には、その株式が信託された財産であることを示すために、株主名簿の名義を受託者に変更することが必要になります。株主名簿の名義を変更することで、当該株式が信託された財産(株式)であることを示すことになります。
この株主名簿の変更手続きをしなければ、株式を発行している会社だけではなく、対外的にも株式が信託されていることを主張することができません。
通常は、株式を発行している会社ごとに株式を譲渡(信託)したときの手続きが定款に規定されていますので、株式の譲渡承認決議(株主総会または取締役会による承認)など、会社ごとに所定の手続きを行います。
株主名簿を整備・保管をしていなかった会社でも、株式を信託したことをきっかけに、株主名簿を作成することが必要になります。
受託者による帳簿作成・保管・報告
家族信託を開始した後、受託者は信託財産の管理を記録するための帳簿を作成しなければなりません。具体的に作成する帳簿については、信託財産の状況等を明らかにする書類であれば良く、仕訳帳や総勘定元帳などの作成が義務付けられているわけではありません。
信託した財産が収益が発生しない自宅や預金のみであれば、記帳した銀行通帳に支払った内容などを記入して、それに応じた領収書などを一緒に保管することで足ります。
ただし、毎月収支が発生する収益不動産などを信託した場合には、一般的な会計帳簿に即して作成することも必要になります。また、受託者は、帳簿を作成した日から10年間(又は信託の清算結了をした日まで)は、帳簿を保存しなければいけません。
その他にも受託者は、毎年1回、一定の時期に、貸借対照表、損益計算書や財産開示資料を作成して受益者に報告しなければなりません。財産状況開示資料については、決まったものがあるわけではなく、年間の収入と支出の内訳が明らかにされていれば足りるとされています。
もっとも信託財産から利益を受ける受益者は、受託者に対して帳簿や貸借対照表、損益計算書、財産開示資料、信託事務の処理に関する書類(信託財産を処分したときの契約書など)の閲覧・謄写を請求することができます。
帳簿や財産状況開示資料については、信託した財産の種類や規模に応じて作成する書類が異なります。信託する財産によっては、具体的にどういった書類を作成したら良いのか、あらかじめ税理士などの専門家に相談することをお勧めいたします。
税務署への届出
家族信託を開始した後は、以下に記載する4つの場面で税務署に届出をすることが必要になります。
家族信託を開始したとき
家族信託を開始した後に受託者は、信託契約を締結した月の翌月末までに、「信託に関する受益者別調書」と「信託に関する受益者別調書合計表」を税務署に提出する必要があります。
「信託に関する受益者別調書」と「信託に関する受益者別調書合計表」とは、信託に関係する人(委託者・受託者・受益者)や信託財産の種類・所在場所・財産の価額等を記載した報告書のような書類です。
- 「提出書類」
⇒信託に関する受益者別調書、信託に関する受益者別調書合計表 - 「提出する人」
⇒受託者 - 「提出先」
⇒受託者の住所等の所在地を管轄する税務署 - 「提出時期」
⇒信託契約を締結した月の翌月末まで
- 委託者と受益者が同一人(自益信託)
- 受益者別に計算した信託財産の相続税評価額が50万円以下
実務上は、家族信託を始めるときに委託者と受益者が同一人である「自益信託(じえきしんたく)」として信託を設定しますので、多くのケースでは信託開始時の税務署への届出義務は免除されています。
信託期間中に、毎年1回は提出する書類
信託期間中、受託者は、毎年1月31日までに「信託の計算書」及び「信託の計算書合計表」を受託者の住所地を管轄する税務署に提出する必要があります。
「信託の計算書」・「信託の計算書合計表」とは、信託財産の状況(資産、負債、収益、費用、受託者の報酬額等など)を記載した書類になります。
- 「提出書類」
⇒信託の計算書、信託の計算書合計表 - 「提出する人」
⇒受託者 - 「提出先」
⇒受託者の住所等の所在地を管轄する税務署 - 「提出時期」
⇒毎年1月31日まで
- 1年間の信託財産に係る収益の合計額が3万円以下(信託している期間が1年未満の場合には1万5千円以下)の場合
※収益の合計額が3万円以下でも提出が必要なケースもあります。ただし、信託した財産が収益が発生しない自宅や預金のみであれば、提出する義務はありません。
- 「提出書類」
⇒不動産所得に関する明細書
※不動産の収支・経費(賃貸料や減価償却費、借入金等)を記載した明細書のことです。 - 「提出する人」
⇒受益者 - 「提出先」
⇒受益者の住所等の所在地を管轄する税務署 - 「提出時期」
⇒毎年の確定申告時
信託の内容を変更したとき
受託者は、受益者を変更した場合や信託に関する権利の内容に変更があった場合には、変更があった月の翌月末までに税務署に「信託に関する受益者別調書」と「信託に関する受益者別調書合計表」を提出することになります。
- 「提出書類」
⇒信託に関する受益者別調書、信託に関する受益者別調書合計表 - 「提出する人」
⇒受託者 - 「提出先」
⇒受託者の住所等の所在地を管轄する税務署 - 「提出時期」
⇒信託の変更があった月の翌月末まで
以下に該当する場合には、提出が不要となります。
- 受益者別に計算した信託財産の相続税評価額が50万円以下
信託が終了したとき
受託者は、信託を終了した場合に、信託が終了した月の翌月末日までに、「信託に関する受益者別調書」と「信託に関する受益者別調書合計表」を税務署に提出する必要があります。
- 「提出書類」
⇒信託に関する受益者別調書、信託に関する受益者別調書合計表 - 「提出する人」
⇒受託者 - 「提出先」
⇒受託者の住所等の所在地を管轄する税務署 - 「提出時期」
⇒信託が終了した月の翌月末まで
以下に該当する場合には、提出が不要となります。
- 残余財産がない※信託財産が残っていない
- 受益者別に計算した信託財産の相続税評価額が50万円以下
- 信託終了直前の受益者が残余財産(残った信託財産)を受け取る
※例えば、「委託者兼受益者の死亡」により家族信託が終了した場合は、信託が終了する直前の受益者とは、別の人(相続人等)が財産を受け取ることになるため、税務署への提出が必要になります。
まとめ
記事を最後までご覧いただき、ありがとうございます。
ここでは、家族信託を開始した後に必要になる手続きについてご紹介しました。
ただ、実務上は、信託契約を締結する前に、あらかじめ銀行口座の開設や信託登記など、契約した後の手続きを想定しながら、各機関と契約内容を打合せしたうえで契約を結ぶという流れになります。
契約を締結した後に、銀行や法務局から契約内容の不備について指摘を受けたときに、修正や変更をして手続きをやり直すことができればと良いのですが、仮に委託者が認知症などを発症した場合には、契約内容の変更や修正ができなくなり、結果として信託した目的が達成できなくなるなど、取り返しのつかない事態になることもあるので契約内容については、充分に注意する必要があります。
当事務所では、家族信託についてのご相談も承っております。
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