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遺⾔執⾏者とは
遺⾔執⾏者とは、「遺⾔書の内容を実現するために必要な手続きを行う⼈」のことをいいます。
具体的には、遺言書に書かれているとおりに、不動産の名義変更をしたり、預金口座を解約して金銭を分配するなど、相続人に代わって遺言執行者が必要な手続きを行います。
そして、遺言内容を実現するための手続きを「遺言執行」といい、遺言執行する人を「遺言執行者(もしくは、「遺言執行人」)」と呼びます。
「遺言書」という制度の内容をご存じの方でも「遺言執行者」の存在やその役割を知らない方が多いかと思います。当事務所でも遺言書を作成されていた方の相続手続きを受任した際に、遺言執行者の指定や選任がされていないケースが多くありました。
これは、遺言書を作成する際に、必ずしも遺言執行者を選ぶ必要がないためです。
遺言執行者がいない場合でも、相続人全員が協力して遺言執行に必要な手続きを行うことができますので、多くのケースでは相続人にとって不都合が生じることはありません。
しかし、相続人間でトラブルになりそうな場合や遺言書に書かれる内容によっては、遺言執行者が必要になるケースがあります。
ここでは、遺⾔書の作成を検討中の方だけではなく、既に遺⾔書を作成されている方にも向けて「遺⾔執⾏者」の役割や必要になるケースをご説明いたします。
遺⾔執⾏者の役割と権限
遺言執行者の役割は、遺言内容に基づいた財産(遺産)の分配を円滑に進めることです。
遺言執行者には、遺言の内容を実現するために必要な手続きを行う権限が認められています。例えば、亡くなられた人の預金口座の解約・払戻手続き、法務局での不動産の名義変更手続きなど、遺言書に書かれている内容のとおりに、遺言執行者が相続人に代わって手続きを行います。
具体的には、以下に記載する手続きを遺言執行者が単独で行えます。
遺言執行者ができること
- 相続⼈の調査
- 相続財産の調査
- 財産⽬録の作成
- 相続人への遺⾔内容の通知
- 預⾦口座解約及び払戻の⼿続き
- 不動産名義変更(相続登記)⼿続き
- 寄付や遺贈の履行
- 子の認知の届出
- 相続人の廃除又は取消しの申立て など
以前は、遺言執行者を選んでいたとしても遺言の内容によっては、相続人の協力が必要なケースが存在しましたが、2019年の法改正に伴い、現在では遺言執行者の役割や権限がより明確となり、実務的にも遺言執行者による業務が円滑に進められるようになりました。
民法第1012条1項
「遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」
遺言執行者が必要になるケース
冒頭でも述べましたが、遺言執行者を選ぶことは、遺言書を作成するうえで必ず必要ではありません。ほとんどのケースでは、遺言執行者がいなくとも相続人全員が協力して手続きを進めることができます。
ただし、一部の相続人から手続きについて協力を得られない場合には、遺言の内容を実現することが事実上困難となり、結果的には遺言執行者を選ぶことも少なくありません。
また、遺言書に書かれている内容によっては、遺言執行者が必ず必要になるケースもあります。
以下に、遺言執行者が必要となる代表的な3つのケースをご紹介します。
ケース(1)相続人以外の第三者に財産を遺贈するとき
「遺贈」とは、遺言によって、遺言書を書いた本人が亡くなった後、特定の人(又は団体)に、亡くなった本人の財産を譲り渡すことです。そして、本人が希望するのであれば、譲渡する相手方は、相続人以外の親族や知人もしくは、社会福祉法人や学校法人などの各種団体に、財産を遺贈(「遺贈寄付」ともいいます。)することもできます。
そして、財産を相続人以外の第三者へ遺贈する場合には、あらかじめ遺言執行者を指定しておくことをお勧めします。
つまりは、遺言執行者がいない遺贈の手続きは、相続人全員が協力して手続きを行う必要があり、第三者への遺贈に納得しない相続人や所在が分からず連絡が取れない相続人が1人でもいる場合は、遺贈するための手続きを進めることが事実上困難となります。
特に、不動産を第三者に遺贈する場合は、相続人全員から書類への署名・捺印(実印)や印鑑証明書を用意してもらう必要があります。
遺言書を書いた本人が亡くなった後でも家庭裁判所から遺言執行者を選んでもらうことができますが、あらかじめ遺言書に遺言執行者を選んでおくことで、ご本人が亡くなった後、直ぐに遺贈に必要な手続きを実行できるため、円滑かつ確実に手続きを進めることが可能となります。
ケース(2)遺⾔で⼦を認知をする
「認知」とは、法律上の婚姻関係にない男⼥の間に⽣まれた⼦を、父親が⾃分の⼦であると認める法律上の手続きのことです。
生前に、父親となる本人が子を認知することができますが、遺言書に書くことで父親自身が亡くなった後に子を認知することもできます。
ただし、遺⾔で⼦を認知をする場合は、遺⾔執⾏者が認知届などの各種⼿続きを行う必要があるため、必ず遺⾔執⾏者の指定又は選任をしなければなりません。
したがって、遺言書で子を認知する場合は、遺言書を書く際に遺言執行者をあわせて指定することが安全かつ確実です。
なお、遺⾔書によって認知された子は相続⼈として、亡き父親の遺産(相続財産)を受け取ることができます。
ケース(3)相続⼈の廃除や廃除の取消しをする
相続⼈の排除とは、被相続人(亡くなった人)に対して虐待、暴行、侮辱、非行などを行った相続人の相続権を失わせる法律上の制度です。
相続人の廃除をする方法は、本人の生前に家庭裁判所へ申立てをするか、遺⾔書によって本人の死後に家庭裁判所に申立てを行う2つの方法があります。
そして、本人が死亡した後に遺言書により相続人の廃除をするには、遺言執行者から家庭裁判所に申立てる必要がありますので、必ず遺言執行者を指定又は選任する必要があります。
また、本人が生前に特定の相続人を廃除した後に、遺言により、本人の死亡した後に相続人の廃除を取消すこともできます。ただし、相続人の廃除を取消すには、遺言執行者から家庭裁判所に申立てる必要があるため、同様に遺言執行者の指定又は選任が必要になります。
※相続⼈の廃除について、詳しくは「相続⼈の調査」をご覧ください。
遺⾔執⾏者を選ぶ⽅法
遺⾔執⾏者を選ぶ⽅法は、以下に記載するの3つになります。
①遺⾔書で本人が直接指定する
本人が遺言書の中で遺⾔執⾏者を直接指定することができます。例えば、「○○を遺⾔執⾏者に指定する」と遺言書に書くことで、指定された⼈が遺⾔執⾏者になれます。
また、複数⼈の遺⾔執⾏者を指定することや遺⾔執⾏者が先に死亡していたときに備えて、予備的に後継の遺⾔執⾏者を指定しておくことも出来ます。
②遺言者本人以外の人に選んでもらう
これは、遺⾔書の中で「遺⾔執⾏者を選ぶ⼈」を指定する⽅法です。
遺⾔書を書く際に遺言執行者の候補者がいない場合や実際の相続開始時で状況などが変わっている可能性に備えて、遺⾔執⾏者を選ぶ権限を信頼できる第三者に与えて、自身が亡くなった後に、遺⾔執⾏者として適任者を選んでもらいたい場合に取る⽅法です。
③家庭裁判所に選任してもらう
遺言書に、遺言執行者の指定(定め)がない場合や指定された人が辞退や死亡等をしていた場合には、受遺者(※遺言により、財産をもらう人)や相続人等の利害関係人は、家庭裁判所に申立てることで遺言執行者を選んでもらうことができます。
また、家庭裁判所に申立てる際に、親族等を遺言執行者の候補者に推薦することはできますが、家庭裁判所の判断で候補者以外の⼈が遺⾔執⾏者に選ばれることがあります。
また、適任者など候補者がいない場合は、「候補者なし」で申し⽴てを⾏い、家庭裁判所の判断で遺言執行者を選任してもらうこともできます。
遺⾔執⾏者になれる人
遺言執行者は、未成年者や破産者以外であれば、誰でもなれます。
遺言書を書いた本人の親族、友人や知人だけではなく、遺言書により財産を取得する相続人や受遺者が遺言執行者になることもできます。
また、特定の相続人を遺言執行者に指定すると他の相続人が不満に思うこともありますので、遺言書に記載する内容によっては、弁護士や司法書士などの専門家を指定又は選任をするケースもあります。
遺⾔執⾏者になれる⼈の具体例
- 相続人
- 親族・友人
- 弁護士・司法書士などの専門家
遺⾔執⾏者が行う業務の流れ
遺言執行者が行う業務の基本的な流れは、以下のとおりです。
遺言書を書いた本人が亡くなった後に、遺言書の効力が発生します。
自筆証書遺言では「家庭裁判所」に検認申立てをする
本人が書いた遺言書が自筆証書遺言であれば家庭裁判所に検認の申立てを行います。
検認とは、遺言書の形状や作成した日付、遺言者本人の署名など遺言書の内容を明確にして、遺言書の偽造などを防止するための家庭裁判所で行う手続のことです。
なお、公正証書遺言や遺言書情報証明書(自筆証書遺言を法務局に保管)であれば、検認は不要となります。
※検認について、詳しくは「遺言書の検認について」をご覧ください。
遺言執行者に指定(選任)された人は、就任するかどうかを選択できます。
- 遺言執行者に就任したくないときは、就任を辞退することもできます。
- 就任を承諾した場合は、遺言執行者としての業務が開始します。
遺言執行者に就任することを承諾した旨の通知書を作成して、遺言書と併せて相続人全員に送付します。
亡くなった(遺言者)本人の出生から死亡まで繋がりが取れる戸籍等を収集して、相続人全員を特定します。
亡くなった人(遺言者)の財産を調査して、財産目録を作成します。調査の対象となる財産には、不動産や預貯金などの「プラスの財産」以外にも借金などの「マイナスの財産」も調査します。
※財産調査について、詳しくは「相続財産調査」をご覧ください。
財産の調査で明らかになったことを知らせるために、財産目録を相続人全員に交付します。
※財産目録の作成について、詳しくは「財産目録」をご覧ください。
遺言執行者は、遺言内容を実現するために以下のような手続きを行います。
- 相続登記の申請(法務局への登記申請)
- 預金口座の解約又は名義変更手続き
- 財産の換価(財産を売却して現金化)など
※本人の親族等が遺言執行者となった場合に、自身で手続きを行うことが困難な場合は、弁護士や司法書士などの専門家に業務の一部を委任することもできます。
財産の名義変更や引渡しなど、遺言執行に必要な業務が終了したときは、相続人全員へ任務(業務)が完了したことの報告書を通知します。
ここで遺言執行者の業務は終了です。
遺⾔執⾏者を選ぶメリットとデメリット
遺言執行者を選ぶことには、以下のメリットとデメリットがあります。
遺言執行者を選ぶことのメリット
①遺⾔の内容を確実に実現できる
遺⾔書を作成した後に問題となるのが、相続開始後に遺⾔書の存在を知られずに、相続人が手続きをしてしまうことです。
特に、自筆証書遺言の場合は、家族を含めた誰にも知らせずに作成できる遺言書であるため本人が亡くなった後に、相続⼈が遺⾔書は存在しないと信じて相続⼿続きを行ってしまうことがあります。
遺言書を作成した後、遺⾔書の存在や保管場所を遺言執行者に伝えることで遺⾔書が発⾒されないリスクは相当軽減されます。
また、遺⾔書を書いたとしても相続⼈全員が遺⾔の内容に納得して⼿続きをするとは限りません。遺産分割協議を⾏い遺⾔書と異なる内容で相続手続きをする可能性もあります。
遺⾔執⾏者を指定しておけば相続⼈たちが⾃主的に⼿続きをしなくても、遺⾔執⾏者が代わりに⼿続きを⾏えます。
②相続⼈の⼿間や負担を減らすことができる
遺⾔執⾏者がいない場合は、遺言書の内容を実現する手続きを相続⼈が行うことになります。
相続人が多数となると収集する書類や書類への署名・押印など、相続人全員が負担する事務手続きは、遺言書がない相続手続きとほとんど変わりません。
遺言執行者を指定又は選任することで遺言執行者が相続人の代表者として単独で手続きを行えますので、相続⼈にとって負担なく⼿続きを進めることができます。
③相続⼈間のトラブルを防⽌できる
遺言書により、特定の相続⼈や相続⼈以外の第三者に多くの財産を相続させたり遺贈する場合は、それに納得しない相続⼈が手続きを妨害しようとすることがあります。
法律上、相続⼈は遺⾔執⾏者の業務を妨害してはならないと定められていますので、遺⾔執⾏者を指定することで、相続⼈等に妨害されることなく遺⾔内容を実現できます。
また、財産を多くもらう相続⼈が遺⾔執⾏者になると他の相続⼈が感情的になり、トラブルになることがあります。
遺⾔書に書く内容やご家族(相続人)の関係性や状況によっては、弁護士や司法書士などの専⾨家を遺⾔執⾏者に指定することで、相続財産に利害関係のない第三者が手続きを⾏いますので、相続人全員にとって公平性が保たれます。
遺言執行者を指定する際は、専門家に依頼することも検討してみてください。
遺言執行者を選ぶことのデメリット
①遺⾔執⾏者に指定しても辞退されることがある
本人が希望する人を遺⾔執⾏者に指定したとしても指定された人が必ず就任するとは限りません。遺言執行者に就任することを辞退(拒否)することもできます。
特に親族や知人を遺言執行者に指定する場合は、何も知らせずにいると本人は驚かれたり、責任を重く感じて辞退されてしまうことがあります。特定の人を遺言執行者に指定するときは、その方からあらかじめ了承を得ておくようにしましょう。
また、遺⾔執⾏者に就任することを辞退されたときに備えて、予備的に後継の遺⾔執⾏者を定めておくこともできます。
②遺⾔書のとおりに業務を遂⾏しない可能性もある
遺言書を書いた本人の親族や知人を遺⾔執⾏者に指定したときに、適任者と思われていた⽅でも遺⾔の内容どおりに業務を遂⾏しないことがあります。その場合には、家庭裁判所に遺⾔執⾏者の解任の申し⽴てを⾏わなければいけません。
遺言執行者を解任した後は、相続⼈が代わりに⼿続を行うか、あらためて家庭裁判所に遺⾔執⾏者を選任してもらうよう申し⽴てをします。
ご不安であれば、弁護⼠や司法書⼠などの専⾨家に遺⾔執⾏者へ就任してもらうことも検討してみてください。
③専⾨家を遺言執行者に指定すると報酬が発⽣する
遺⾔執⾏者の業務には、相続⼈の調査や財産の名義変更⼿続きなど、相続⼿続きの知識や経験がなければ対応が難しいことがあります。
相続⼈や親族を遺⾔執⾏者に指定する場合は、無報酬とするケースが多いですが、⼿続きに詳しくない⼈が遺⾔執⾏者になった場合は⼿続きが正確に⾏われなったり、⼿続き⾃体が進まないこともあります。
遺言書の内容によっては、弁護⼠や司法書⼠などの専⾨家を遺言執行者に指定することも検討しますが、遺⾔執⾏者としての業務報酬は財産総額の1〜3%(最低額30万円)程かかります。
ただ、相続人間でトラブルになる可能性が有る場合や相続人からの協力が得られないケースでは、専門家を遺言執行者に指定することで、手続きを円滑に進めることができるというメリットがあります。
まとめ
遺⾔書を作成される⽅が、よく誤解されているのが遺⾔書を書いておけば、その内容のとおりに相続⼈が⼿続きをするだろうと思われていることです。
遺⾔書は書いて終わりではなく、書く内容や相続財産、相続⼈の関係性や状況によっては、実際に相続が発生したときを想定して、あらかじめ遺⾔執⾏者を指定しておくことも必要になります。
また、相続人間でトラブルになる可能性がある場合や⼿続きが複雑となるケースでは、始めから弁護⼠や司法書⼠などの専⾨家を遺⾔執⾏者に指定することで、円滑かつ確実に手続きを進めることができます。
遺⾔書を書くことを検討されている⽅や遺⾔書は既に作成しているけれど、遺言執行者の存在を知らなかった方は、改めて遺⾔執⾏者を指定することも検討してみてください。
当事務所では、遺⾔書の作成から遺⾔執⾏者への就任、遺⾔執⾏者の⽅から委任を受けて代理で相続⼿続きの業務を承っております。
遺⾔書の作成や相続⼿続・遺⾔執⾏についてお困りの⽅は、当事務所にご相談ください。