記事をご覧いただき、ありがとうございます。司法書士の山田です。
生前対策を検討されている方から、ご自身の場合、遺言書の作成と家族信託のどちらを利用した方がいいのかご質問を頂くことがあります。
遺言書は、ご自身が亡くなった後、財産の承継先をあらかじめ指定する証明書です。遺言書を作成しておくことで、相続人間で話し合いを行うことなく相続手続きを進めることができます。
一方の家族信託(民事信託)は、生前の財産管理から相続が発生した後の財産の承継先を指定できる仕組みのことです。
各制度の利用目的や活用方法は、ご本人の希望に応じて選択する必要があったり、ケースによっては併用することもあります。
今回の記事では、遺言書と家族信託の違いや各制度の活用方法について解説いたします。
このページの目次
遺言書とは
遺言書とは、ご自身が亡くなった後に、誰に財産を相続(承継)してもらうのか指定する証明文書のことです。
財産を所有している方が亡くなると、原則として法律に定められた相続人が財産を相続することになります。
法律に定められた相続人には、亡くなった人との続柄によって優先順位や相続分に決まりがあります。
【相続人の優先順位】
- 第1順位・・・子や孫など
- 第2順位・・・両親、祖父母など
- 第3順位・・・兄弟姉妹
※配偶者は、常に相続人になります。
【相続人の相続分】
- 配偶者2分の1、子2分の1
※子が複数いる場合は、2分の1を人数に応じて分配します。 - 配偶者3分の2、両親(祖父母)3分の1
※両親(祖父母)が複数いる場合は、3分の1を人数に応じて分配します。 - 配偶者4分の3、兄弟姉妹4分の1
※兄弟姉妹が複数いる場合は、4分の1を人数に応じて分配します。
そして、上記と異なる財産の承継先を指定ができるのが遺言書になります。
つまり、法律に規定されている相続割合と異なる指定が出来たり、相続人以外の第三者に対して財産を渡したり、寄付することができるのが遺言書になります。
詳しくは、「遺⾔書を作成しなくてはいけない理由」もご覧ください。
家族信託とは
家族信託とは、その名のとおり、ご自身の財産を「信頼できる家族」に「託す」ことをいいます。
具体的には、ご自身で財産を管理することが負担となったり、認知症などにより判断能力が低下したときに備えて、家族に財産の管理を任せておく仕組みのことをいいます。
また、財産を所有している本人が亡くなった後、家族に託している財産を誰に承継してもらうのか指定することもできます。この点は遺言書と同じです。
つまり、財産を所有している方の生前の財産管理から相続が発生したときの財産の承継先を指定できるのが家族信託になります。
詳しくは、「家族信託(家族のための信託)とは」もご覧ください。
遺言書と家族信託の違い
以下からは、より具体的に遺言書と家族信託の違いについて、解説いたします。
始める方法
遺言書は、財産を所有する方がご自身の意思に基づき、1人で作成することができます。特に、自筆証書遺言であれば、紙とペンがあれば作成することが可能です。
一方、家族信託は、財産を託す委託者と財産の管理等を託される受託者が「契約」を結ぶ必要があります。
言い換えると、遺言書はご自身1人でいつでも作成することができるのに対して、家族信託は、委託者と受託者が契約する必要があるため、お1人の意思だけでは成立しません。
家族信託は、遺言書により始める方法もあります。その場合、遺言書に受託者となる人や財産管理の目的や管理方法又は処分方法を書きます。そして、委託者が死亡したときに、家族信託が開始します。しかし、遺言書で家族信託を始める場合は、委託者の一方的な意思によるため、受託者として指定した人が遺言書にどおりに受託者に就任するとは限りません。つまり、指定された人が受託者に就任しないこともありえます。その場合、予備的な受託者を定めて置いたり、裁判所に対して受託者選任の申立てをすることができます。
ちなみに、よく誤解されがちなのが、金融機関等が商品としている「遺言信託」とは異なります。金融機関等の「遺言信託」は、遺言書を金融機関に預けて、ご本人が亡くなった後の相続手続きを金融機関が行うサービスのことです。
効力が発生する時期
遺言書と家族信託では、法的な効力が発生するタイミングが異なります。
遺言書は、遺言書を書いた本人が死亡したときに効力が生じます。つまり、財産を所有している方が亡くなった後に、遺言書で指定されている相続人等に財産が承継されます。
一方の家族信託は、原則として委託者と受託者が契約を締結した時に効力が発生します。そして、家族信託の契約を締結した後は、託された財産の名義が受託者に移転することになり、受託者が託された財産の管理や処分を行うことになります。
上述したとおり、遺言書によって家族信託を始める方法もあります。その場合、家族信託の効力が発生するタイミングも遺言書を書いた本人が亡くなった時です。
ご本人の生前に財産管理を家族に任せたい場合は、遺言書ではなく契約により家族信託を始める方法をお勧めします。
生前の財産管理を任せるのか
遺言書と家族信託の大きな違いは、財産を所有している本人の生前から家族等に財産管理を任せられるかの点です。
遺言書では、本人の生前に財産管理や処分を任せることは出来ません。なぜなら、遺言書の効力が生じるのは、本人が亡くなった時だからです。また、遺言書では財産を承継する人を指定できますが、承継した財産の管理方法や処分方法については、基本的に遺言書では指定することは出来ません。
一方の家族信託は、本人の生前に所有している財産の管理や処分を家族に任せることができます。そして、具体的な財産の管理方法や処分する時期についても指定することができます。
つまり、遺言書では本人の生前に財産管理を任せることは出来ませんが、家族信託では可能ということです。
この違いは、本人の判断能力が低下・喪失した時に生じます。
財産を所有している人が認知症等により判断能力を失った後は、本人自身で財産を管理することが事実上及び法律上できなくなります。また、本人のご家族が代わって財産を管理・処分することも認められません。
これを資産凍結状態といいます。
認知症による判断能力の低下により資産凍結状態となった場合は、成年後見制度を利用して本人に代わって財産管理を行う後見人を選任するしかありません。
成年後見制度は、本人の財産を保護するための制度であり、後見人を選任したからといって、財産を自由に管理・処分することはできず、ある程度の制限があります。
こういった認知症などの資産凍結を回避もしくは、対策する方法として家族信託は有効な方法といえます。
本人が判断能力がある内に、財産を託す人と信託契約を締結することで、本人が認知症になったとしても本人の意向に沿って家族による財産管理を続けることができます。
遺言書では、本人の生前に効果が生じない以上、認知症対策としては有効とは言えません。
ご家族の認知症に備えた対策をしたい場合は、遺言書よりも家族信託の方が有効と言えます。
2次相続以降の資産承継先を指定できるのか
家族信託と遺言書は、どちらも本人が亡くなった後の財産の承継先を指定することができます。
ただし、2次相続以降の財産の承継先の指定については、各制度に違いがあります。
2次相続以降の承継先の指定とは、例えば、父親が亡くなった後は、息子に財産を承継させて、その息子が亡くなった後は孫に相続させるよう父親本人が指定できるかです。
遺言書で指定できるのは、1次相続の承継先のみです。つまり、父親が自身が亡くなった後に、子に財産を承継させるための指定はできますが、子が亡くなった後、孫に財産を承継させることは、父親の遺言書ではできません。
この場合に、子が亡くなった後に、孫に財産を承継させたい場合には、子にも孫に財産を承継させるための遺言書を書いてもらう必要があります。もっとも遺言書は、後から撤回することができるため、子が遺言書を書いたとしても後からその遺言書を撤回して孫以外の人に財産を承継するよう遺言書を書き直すことができます。
一方の家族信託では、2次相続以降の承継先を指定することができます。
例えば、財産を所有している父親が、息子に財産の管理を託して、財産から発生する利益を当初は父親が受取り、父親が亡くなった後は妻が利益を受取り、そして母親(妻)が亡くなった後は、長男が受取るなど、資産の承継先を何世代も先も指定することができます。
この信託のことを「受益者連続型信託」といいます。
もっとも、「受益者連続型信託」によって、承継されるのは財産そのものではなく、信託財産から利益を受け取ることができる権利である受益権です。信託では、受益権を有する人が信託財産の実質的な所有者となります。
財産の利用目的を指定できるのか
遺言書は、本人が亡くなった後の財産を誰に承継してもらうのか指定することはできますが、承継した財産をどのように利用してほしいのか、若しくは承継した財産を別の誰かのために管理するよう指定することはできません。
一方の家族信託は、信託を始めるときに財産を託す人に対して、「どのような方法で」、「誰のために」、「財産を管理・処分するのか」、契約の中で指定することができます。
例えば、父親が長男に財産を信託して、当初は父親のために財産を管理・処分するよう定めておき、自身(父親)が亡くなった後は、妻のためや障害のある二男のためなど、父親自身が亡くなった後の財産の利用目的を信託契約の中で定めておくことができます。
つまり、家族信託では財産を所有している人が自身が亡くなった後の財産を、どのような利用目的で財産を管理・処分するのか指定できるということです。
各制度を利用するケース
家族信託と遺言書は、共通する点や違いもあるため、財産を所有している本人が希望する目的に応じて使い分けることが重要です。
以下は、各制度の利用するケースになります。
遺言書を利用するケース
- 自身が亡くなった後の財産の承継先だけを指定したい
- 家族に知られずに、相続対策をしたい
家族信託を利用するケース
- 認知症対策など、今の内に財産管理を家族に任せたい
- 何世代にも亘った資産の承継先を指定したい
- 自身のためだけではなく、他の家族(親族)のためにも財産を活用したい
どちらも元気な内から始めることが大切です。
記事を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本記事では、遺言書と家族信託の違いや各制度を利用するケースについてご紹介しました。
最近では、相続手続きのご依頼を頂いた相続人の方から、自身の相続に備えた対策についてのご相談を併せていただくことがあります。これは、相続人自身が苦労した経験や生前対策についての関心が増しているからではないでしょうか。
もっとも遺言書の作成や家族信託を利用するにも、財産を所有している本人が判断能力がある元気な内から始めることが必要になります。
あなた自身の老後や将来の相続について万全の対策をしたい方は、専門家に相談するなど、今の内から準備や手続きをすることをお勧めします。
当事務所では、遺言書の作成や家族信託の組成・導入などのサポートを承っております。
ご興味のある方は、お気軽にご相談ください。
山田武史司法書士事務所
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