抵当権が付いた不動産を信託する際の手続き/信託財産責任負担債務とは

記事をご覧いただき、ありがとうございます。司法書士の山田武史です。

家族信託しようにも信託する不動産に抵当権などの担保が付いていることがあります。

不動産や現金などのプラスの財産を信託することはできますが、借金などのマイナス財産は、信託することはできません。

つまり、家族信託をしたとしても抵当権で担保されているローンが受託者に移ることはありません。

もっとも、不動産に抵当権が付いている場合でも信託することは可能です。

ただし、信託する際は、債権者(抵当権者)である銀行等から承諾を得る必要があります。その際、受託者がローンを返済できるよう、債務引受契約を締結することと併せて、受託者が引き受けた債務を「信託財産責任負担債務」とすることがあります。

信託財産責任負担債務といっても、難しい用語であり、理解しづらい部分があるかと思います。

本記事では、抵当権が付いた不動産を信託する際の手続きと信託財産責任負担債務について解説いたします。

家族信託(民事信託)の利用を検討している方は、参考にしていただければ幸いです。

債務は信託できない

不動産などに抵当権が付いている場合は、委託者が何らかのローンを支払っていることになります。例えば、居住用の不動産を購入するときの住宅ローンであったり、賃貸用のアパートなどの収益不動産でしたら事業用のローンが該当します。

法律上は、こういったローンのことを「債務」といいます。そして、債務は信託財産として信託することができません。信託できる財産は、現金や不動産などのプラスの財産だけです。

それでは、不動産に抵当権が付いている場合は、家族信託を利用できないのでしょうか。

家族信託をする目的としては、財産を所有している方の高齢化に備えた財産管理です。家族信託を利用するのであれば、債務の負担や支払いについても受託者に託すことが必要になります。

以下からは、抵当権が付いている不動産を信託する際の手続きについて解説いたします。

抵当権が付いた不動産を家族信託する際の手続き

抵当権が付いている不動産を信託することは、手続上は可能です。ただし、抵当権を有する金融機関に伝えずに、黙って、不動産を信託してしまうと契約違反として、残債務(ローン)の一括返済を求められる可能性があるのでご注意ください。

以下からは、抵当権が付いている不動産を信託する場合の手続きについて解説いたします。

抵当権を有する金融機関から承諾を得る

冒頭でも述べたとおり、抵当権が付いている不動産を金融機関に黙って信託することは危険です。

実務上、金融機関から借入を行う際に取り交わす金銭消費貸借契約には、「担保に入れた不動産の所有権を移転するには金融機関の承諾を要する」との規定があります。

つまり、不動産を信託すると不動産の所有権が委託者から受託者に移転するため、債権者である金融機関に黙って、不動産を信託すると契約違反になるため、返済期限を待たずにローンの一括返済を求められることになります。

したがって、抵当権の付いている不動産を信託する場合は、抵当権を有する金融機関に事前に家族信託をすることを相談して承諾を得る必要があります。

金融機関と債務引受契約を締結する

金融機関から承諾を得て、抵当権が付いている不動産を信託したとしても、ローン(債務)は、元の借主である委託者のままです。つまり、不動産の所有権が受託者に移転したとしても、連動して受託者がローンを負担することにはなりません。ローン(債務)を負担しているのは、委託者のままです。

ここで問題となるのが、「委託者が認知症になったときのリスク」と「金融機関側のリスク」です。

具体的な例としては、委託者である親が金融機関から融資を受けて不動産を購入しており、まだローンが残っている状態の不動産を信託する場合です。この場合、不動産を信託することにより、不動産の名義が委託者から受託者に変わりますが、ローンを負担しているのは委託者である親です。

そして、ローンを負担している親(委託者)が認知症等により判断能力が低下・喪失してしまうと、親自身でローンを返済できなくなります。また、受託者が信託された不動産を売却して、ローンを一括返済するにも債務者である親(委託者)の判断能力が喪失している以上、返済手続きをすることもできません。

また、ローンの返済が滞った場合、債権者である金融機関は、債務者の口座と相殺処理することになります。相殺処理とは、ローンを負担している親(委託者)名義の預金口座からローンを差し引いて、債権を回収することです。

特に、マンションやアパートなどの収益不動産を信託すると、その家賃の振込先は、受託者の信託口口座に振り込まれることになります。

不動産を信託する前であれば、家賃は委託者の口座に振り込まれるため、万が一ローンの返済が滞ったとしても委託者の口座にある預金から債権を回収することができます。ただ、収益不動産を信託している場合は、家賃収入が入るのは受託者の信託口口座のため、ローンの返済口座と異なることになり債権を回収することができなくなるリスクがあります。

そのため、抵当権が付いている不動産を信託する場合、金融機関から受託者を債務者とする債務引受契約の締結を求められることがあります。

「債務引受契約」とは、債務を移転させる契約のことをいいます。つまり、債務を負担する人を委託者から受託者に変更する手続きのことをいいます。

債務引受をすることにより受託者が債務者としてローンを毎月返済したり、万が一返済が滞った場合でも債権者である金融機関は、受託者の財産から債権を回収できるようになります。

【債務引受の方法は2つある】

  • 免責的債務引受
    免責的債務引受とは、委託者が負担しているローンを受託者が引き受ける方法のことです。
    免責的債務引受をすることで、委託者がローンを負担することはなくなり、受託者がローンを返済していくことになります。
  • 重畳的債務引受
    重畳的債務引受とは、委託者と一緒に受託者がローンを引き受ける方法のことをいいます。
    重畳的債務引受をすることで、委託者と受託者が共同してローンを返済していくことになります。

上記の方法のうち、どちらを選ぶかは債権者である金融機関と協議のうえ決めることになります。

抵当権が付いている不動産を信託する場合は、債権者である金融機関等から承諾を得ると共に、受託者への債務引受が可能か事前に確認することが必要になります。

信託契約の中で信託財産責任負担債務とする

金融機関等と債務引受契約を締結することで委託者が負担していた債務を受託者が負担することになります。

ただ、債務引受をしただけでは、委託者の債務を受託者が個人的に負担するだけです。つまり、受託者は、委託者から信託された財産から債務を返済することはできません。また、金融機関側も信託された財産から債権を回収することができません。

つまり、受託者は、引受けた債務について、そのままでは信託された財産から返済できません。債務引受契約は、委託者が負担していた債務を受託者が個人的に負担する契約になるため、信託とは切り離された契約です。したがって、そのままでは受託者の固有財産から債務を返済することになります。

そこで、実務上は債務引受契約を締結すると共に、委託者と受託者の間で締結する信託契約の中で、受託者が引き受けた債務を信託財産責任負担債務とする規定を定めます。

委託者から引き受けた債務を「信託財産責任負担債務」とすることで、受託者は、委託者から信託された財産から債務を返済したり、金融機関は、支払いが滞ったときに信託された財産から債権を回収できるようになります。

信託財産責任負担債務とは

抵当権が付いている不動産を信託する場合は、「金融機関から承諾を得ること」、「受託者が債務を引き受ける契約をすること」、「受託者が引き受けた債務を信託財産責任負担債務」とすることをご説明しました。

抵当権が付いている不動産を信託する場合に、理解がしずらい部分としては、この信託財産責任負担債務ではないでしょうか。

「信託財産責任負担債務」とは、信託財産をもって履行すべき義務を負う債務のことをいいます。

信託法では以下のとおり規定がされています。

【信託法第2条9項】

この法律において「信託財産責任負担債務」とは、受託者が信託財産に属する財産をもって履行する責任を負う債務をいう。

この規定を簡単にいうと、信託した財産から受託者が返済する義務がある債務のことをいいます。

なぜ、この規定があるのかというと財産を信託すると受託者は「信託された財産」と「受託者の固有財産」を持つことになります。

一方、委託者が財産を信託すると、財産の名義が受託者に変わるため、委託者の固有財産からも切り離されます。

固有財産とは、信託された財産以外の委託者や受託者が所有している財産だと思ってください。

そして、委託者や受託者が個人的に借金をしている場合でも、その債権者(お金を貸している人)は、原則として信託された財産からは債権(借金)を回収することができなくなります。

これを信託の「倒産隔離機能」といいます。

つまり、信託された財産は、委託者や受託者の「固有財産」とは、別の「信託財産」として取り扱われるため、委託者や受託者が個人的に負っている債務は、各々の固有財産から返済することが原則になります。

ただし、委託者と受託者の合意があれば、信託財産から返済する責任がある債務とすることができます。

これを「信託財産責任負担債務」といいます。

信託財産責任負担債務になるものは、信託法に規定されています。

信託法21条1項(信託財産責任負担債務の範囲)

次に掲げる権利に係る債務は、信託財産責任負担債務となる。

一 受益債権

二 信託財産に属する財産について信託前の原因によって生じた権利

三 信託前に生じた委託者に対する債権であって、当該債権に係る債務を信託財産責任負担債務とする旨の信託行為の定めがあるもの

四 第百三条第一項又は第二項の規定による受益権取得請求権

五 信託財産のためにした行為であって受託者の権限に属するものによって生じた権利

六 信託財産のためにした行為であって受託者の権限に属しないもののうち、次に掲げるものによって生じた権利

  第二十七条第一項又は第二項(これらの規定を第七十五条第四項において準用する場合を含む。ロにおいて同じ。)の規定により取り消すことができない行為(当該行為の相手方が、当該行為の当時、当該行為が信託財産のためにされたものであることを知らなかったもの(信託財産に属する財産について権利を設定し又は移転する行為を除く。)を除く。)

  第二十七条第一項又は第二項の規定により取り消すことができる行為であって取り消されていないもの

七 第三十一条第六項に規定する処分その他の行為又は同条第七項に規定する行為のうち、これらの規定により取り消すことができない行為又はこれらの規定により取り消すことができる行為であって取り消されていないものによって生じた権利

八 受託者が信託事務を処理するについてした不法行為によって生じた権利

九 第五号から前号までに掲げるもののほか、信託事務の処理について生じた権利

抵当権が付いている不動産を信託する場合は、上記の条文のうち「三 信託前に生じた委託者に対する債権であって、当該債権に係る債務を信託財産責任負担債務とする旨の信託行為の定めがあるもの」が該当することになります。

つまり、信託する前に委託者が負担していた債務を信託契約する際に信託財産責任負担債務とすることで、受託者は信託された財産からローンを返済することができ、一方の債権者は信託された財産から債権を回収することができます。

なぜ、信託財産責任負担債務とするのか

なぜ、抵当権で担保されている債務を信託財産責任負担債務とする必要があるのでしょうか。

以下に、その理由を記載いたします。

家族信託の目的は、高齢の親に代わって財産を管理すること

家族信託を利用する目的の多くは、高齢の親に代わって財産管理することです。不動産を子に信託することで、子が受託者として不動産を管理することになります。

そして、子が受託者として管理する内容には、毎月のローンの支払いも含まれているはずです。

したがって、抵当権が付いている不動産を信託する場合は、抵当権で担保されている債務を受託者が信託財産から毎月返済できるように信託財産責任負担債務として、信託契約の中で定めておく必要があります。

親の判断能力が喪失しても子が返済できる

ローンを負担している親が認知症等により判断能力を失うと、毎月のローンの返済ができなくなり、返済が滞ってしまうことになります。債務引受をすることで受託者である子が個人的に返済することはできますが、家族信託の本来の目的は、親の財産管理です。したがって、ローンの返済も親から信託された財産から返済できるようにします。

つまり、委託者である親が負担していた債務を信託財産責任負担債務とすることで、受託者である子は信託された財産から毎月のローンを返済したり、信託された財産を売却してローンの一括返済をすることができます。

信託財産責任負担債務の注意点

信託財産責任負担債務には、以下の注意点があります。

信託財産以外にも受託者自身の財産も責任財産になる

信託財産責任負担債務とすることで、受託者は委託者から信託された財産から返済することができます。ただし、信託財産責任負担債務は、信託財産以外にも受託者自身の固有財産も責任財産になります。

つまり、信託財産から返済ができず、返済が滞った場合は、受託者自身の財産から返済する必要があったり、債権者は受託者自身の財産に対して差押などの強制執行ができるということです。

もっとも受託者自身の固有財産から返済した場合は、信託財産から償還を受けることができます(例外は信託法21条2項)。

委託者が死亡したときに債務控除できないおそれがある

委託者の債務を信託財産責任負担債務とした場合は、委託者の死亡の際に債務控除ができないおそれがあります。

債務控除とは、亡くなった人の財産に借金などのマイナス財産(債務)があったときに、不動産や預金などのプラスの財産から差し引くことです。マイナス財産の分だけ相続税の対象となる財産額が減るため、相続税も減額されます。

そして、信託をする際に、受託者が免責的債務引受すると委託者の債務ではなくなるため、委託者が亡くなったときの財産に債務は含まれないことになり、相続税を計算するときの債務控除ができないおそれがあります。

というのも委託者(兼受益者)が死亡することにより信託が終了する場合は、債務(信託財産責任負担債務)を返済するなど清算した後でなければ、残った信託財産を帰属権利者等に承継させることができないからです(信託法第181条)。

つまり、相続税法では、委託者の死亡により信託が終了する場合は、上記のとおり債務(信託財産責任負担債務)が清算(返済)され、債務が無くなっていることを前提としているため、債務控除の対象にならないとされています(相続税法第9条の2第2項、4項、6項)。

例えば、親が委託者兼受益者として子供(受託者)に抵当権が付いている不動産を信託した場合に、親が死亡して信託が終了し、最終的に子供が帰属権利者等として信託された不動産を取得する場合です。

このときに、帰属権利者等が取得する信託されていた不動産は相続税の課税対象になります。そして、信託されていた不動産は、債務(信託財産責任負担債務)を返済した後に取得することになります。したがって、相続税を計算する際は、債務を清算した後の財産に相続税を課税するため債務控除できないことになります。

実務上は、債務控除ができるように、委託者兼受益者の死亡により信託を終了するのではなく、当初委託者兼受益者が死亡した後に、子を2次受益者として受益権を取得させた後に信託を終了させるといった方法も考えられます。

この点は、将来相続税が課税される財産を信託する際は、税理士などの専門家を交えて信託契約書の内容を工夫する必要があります。

まとめ

記事を最後までお読みいただき、ありがとうございます。

本記事では、抵当権などの担保権が付いている不動産を信託する際の手続きや債務の取扱いについて解説いたしました。

ただ、本記事でご説明した内容は、信託の論点の中でもほんの一部に過ぎません。

あなた自身が家族信託の利用を検討しているのであれば、司法書士などの専門家に相談して手続きを進めることをお勧めします。

当事務所では、家族信託の組成や不動産を信託する際の登記申請などのご相談及びご依頼を承っております。

お気軽にお問い合わせください。

山田武史司法書士事務所 
〒107-0062 東京都港区南青山二丁目2番15-1319号
TEL 03-6434-0717 FAX 03-6434-0727

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